新着ニュース
2015. 10. 20.消防法改正による「自動火災報知設備」設置工事完了
2015. 07. 01.屋根葺き替え工事完了
耐震を考慮し軽量化を図りました
2013. 12. 09.浴室暖房機を設置しました
冬場の浴室内が暖かくなります(夏場は涼風)
2013. 04. 25.「旅行読売」に紹介されました → 記事
2013. 02. 21.2階にトイレ(洗面所)を新設いたしました

 当庵は、大正時代の民家を再生した一棟貸切りの宿で、旅館業法3条1項の許可を得た宿泊施設です。

 当宿は総二階作りで作りも典型的な大正時代の町家ですが旅館として再生するにあたり風呂、トイレ、流しは機能性を考えて新しく新設しております。しかし階段、座敷、襖、外観は当時のそのままの状態を保っており町家ならではの雰囲気を十分味わって頂けます。当宿は最大9名様まで宿泊許可を頂いております。

 立地は、平安神宮・美術館・南禅寺・祇園・高台寺・清水寺の中間にあり、どちらも徒歩10分〜20分程度でいける場所に位置しています。

 白川庵の前に白川が流れており、宿のすぐ前は小さな石橋に面していてとても景色のよい場所にございます。
2階の川側の寝室で寝ていると、川のせせらぎが程よく聞こえてまるで川の上で寝ているようだとおっしゃる方がよくいらっしゃいます。是非試して見てください。



 白川庵から2軒隣に宿主 餅寅(和菓子・餅・赤飯店)があり宿泊して頂けるお客様にまずは季節の和菓子とお茶でお出迎えしております。
駐車場(餅寅に隣接)は無料で当日チェックイン前でも午前中から駐車可能です。
シーズンには東山の観光地は混み合いますので、車を置いて見物されるのがよいかと思います。







黒糖味   抹茶味
上用 創作そら豆 三色だんご よもぎ大福
栗もち 抹茶栗もち むぎまんじゅう
 明智光秀は、天正10年(1582)6月2日、織田信長を本能寺に襲撃した本能寺の変で有名です。
その後、6月13日、山崎合戦で秀吉軍に破れ、近江の坂本城に逃れる途中に小栗栖付近で襲われたと言われています。明治維新後にこの地に移されました。
餅寅に伝わる「惟任将軍光秀御墳墓略記」(版木)によれば「光秀は小栗栖で傷を負って自殺し、首をこの地に腹心が葬った」と誌してあります。
祠の入口に「明智光秀墳」とした碑があり弘化ニ巳年とあることから光秀の死後約250年を経てたてられたものとみえます。祠の原型はこの当時にできたものと思われます。
光秀を渇仰する人の増加により、参拝者の数も年々増加しております。